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       北部九州も ようやく梅雨入り、、、 

      2005年(平成18年)

       7月3日(日) 曇、東南東80°、無茶蒸し暑し

       またもやエンジン不調

    離陸したのは良いが、エンジンの馬力が上がらず少し異音がし、やっとこさ飛んでる状態です。
  ま、こんだけ可怪しければ、いくら鈍感なσ(^ ^)でも、???なのは判ります。
    # 判るようになった?
    で、"ショップ井下"に再入院しました。
    ベアリングがまたおかしかったようです。
    今度は、井下先輩がセッティングをするそうです。
    σ(^ ^)じゃ、また危ない?、、、、
    # 90も110にグレードアップすることにしました。

    そうそう、入院で思いだした。
    うちの"さくら"(メス犬)も先週入院です。
    鎖が切れ、一匹遊びのあげく、大怪我をして帰ってきました。
    単独で敷地外には出ませんが、今回は出てしまいました。
    入院しての縫合手術です。(これは無事に終りました。)

    が、後日の診察には、頑として動きません。(山の神でもお手上げ状態。)
    止むなくσ(^ ^)が引っ抱えて病院まで連行しました。
    が、病院でも看護婦さんと山の神の手には負えない状態です。
    で、またσ(^ ^)が引っ抱えて診察台に。
    そして、診察と手当ては無事修了。(経過は順調のようです。)

    なんで山の神のいうことは訊かないんでしょうかネ?

  後日、退院したエンジンの搭載調整です。
    # σ(^ ^)は機体を支持しているだけですが、、、。
    エンジン2機ともばっちしになりました。
    # 1機は90からのバージョンアップです。
    # これで110が2機に。
    原因は、クランクシャフトの曲りでした。
    1本は3/100、もう1本は6/100程曲ってました。
    # 2/100が許容範囲とのこと。

    で、外野席の結論は、
    「ぺラで何度も地面を叩いた結果、シャフトが曲った。
         ↓
    「エンジンが悪いんじゃのうて、腕が悪い。」

    そうこうするうち、井下先輩と鬼師匠が来られました。
    エンジンの最終調整をして練習再開です。
    # エンジン調整とトリム調整は井下先輩がしてくれました。
    # そうそう、ラダーのニュートラル位置は3mm程右だったの忘れてた。

    でも、滑走路の東側は冠水状態で、半分の長さしかありません。
    離着陸は航空母艦からの発着に等しい状態で、σ(^ ^)にとっては最悪。
    ちょっとでも失敗すると水ポチャですから。
    もう緊張するは緊張するはで、どっと疲れました。
    が、エンジン快調に回ってくれました。

    今日は総勢3機、
    でした。

    追記:今日の飛行場の状態です。(午後3時)
    エプロンは東南の角が水没。エプロン寄り付き部分は全て水没。
    クラブハウスと吹き流しには、長靴がないと行けません。
    滑走路は、センターより東側30m付近まで水没。西側は大丈夫。
    滑走路の北側は水没。
    寄り付き道路は、なんとか大丈夫。

    でも、雨が降ってもいないのに、
    次第に水嵩が増してきて、水没範囲が広がっていってる状態です。
    このままでは、もっと水没するかも、、、、。
    明日はどうなっているかは???です。

    # 朝の段階では、上記ほどではありませんでした。
    # エプロン浸かってなかった。

    以上、飛行場の状態です。


       7月17日(日) 晴・霞み、東北東80°、蒸し暑し

       F3A二次予選 

    今週は、待ちに待った戸畑の提灯山笠です。
    先だってから打ち合せやら資料作りやらの準備で大忙しです。
    今日も今日とて、朝から、山車の曳出しです。
    神社の倉庫から地元まで運びました。
    その後、綺麗に磨き上げ、飾り山の下準備。

    昼前には、なんとか終り、そのまま、飛行場へ一直線。
    F3A九州二次予選のお手伝いです。
    # σ(^ ^)体がもう一つ欲しい、、、。

    で、何をしていたかというと、
    クラブハウスの中でパソコンと睨めっこ。
    成績の集計をしていました。
    というより、ゲームの合間に集計です。
    麻雀、将棋、等々、遊ぶにはこと欠きませんでした。
    # 久生先輩!、次はシミュレーター入れとってください。

    飛行場は、滑走路がなんとか水没を免れている状態です。
    航空母艦からの発着並み。
    # 水上機大会の方が良かったかも。

    最近の子供は大人の言うことなかなか聞きません。
    今日も、大ちゃんが二次予選出場していましたので、
    σ(^ ^):「おー! 大ちゃん。九州以外に進学せなで!」
    と、念押ししたところ、
    大ちゃん:「僕、地元にします。」
  だと、、、、、。ライバルや、、、。

    全機、無事でした。
    
        7月22日(金)〜24日(日) 晴、風??、蒸し暑し

       戸畑祇園 

    先日の18日の海の日は祇園の準備で練習できず、、、。

   祇園 初日 22日(金)

    またまた、戸畑祇園の季節やってきました。
    このくそ暑いのに、何ーーんが面白いのやら、、、、、。
    狐付きにでもならない限り出来るこっちゃありません。
    # σ(^ ^)に一番ついとったりして、、、。
    他所から見りゃ、子供から大人まで、総◯鹿?、、、きっと。

    寝込まない限り、仕事休んだりしないσ(^ ^)ですが、祇園は別です。
    昨日も、帰る時、会社の掲示板みたら、、、、
    誰かが勝手に「休み」と赤で書き込んでありました。

  戸畑祇園は、国の重要無形民俗文化財(国宝)に指定されてます。
    1802年の疫病退散祈願成就の御礼として、1803年に始まりました。
    天籟寺(てんらいじ)の菅原神社が発祥の地です。σ(^ ^)の家のすぐ側です。
    菅原道真が太宰府左遷の折、この地に逗留されたため、後に神社が建立さ
    れたそうです。

    昼間は「幟山(のぼりやま)」で夜は「提灯山(ちょうちんやま)」と、
    昼と夜で全く姿を変える珍しい山笠です。
    # 全国的にもこんな山笠は無いそうです。
    昼の姿も夜の姿もどちらもほれぼれするような綺麗な山です。
    昼間は荘厳、夜は煌びやか。

    昼は12本の幟。確か1本200万円とか、、、、。
    夜は12段の提灯ピラミットで、提灯の数は約310個あります。
    これが全部ロウソクです。
    提灯を見れば、どこの山かすぐ判ります。
    天籟寺 → 天、中原 → 中、東 → 東、西 → 西、と描かれています。

    担山としては、国内最重量級で2屯半あります。

    昔からの慣習で、女性を山に上げることは禁じられていますが、
    σ(^ ^)の町内だけ何故か違います。
    なので、女の子が1人囃方に居ます。
    # 戸畑祇園で山に上がっている唯一の女性。

    中学生の若山笠の練習は、可哀相なくらいです。
    大人連から、怒鳴られっぱなし。
    で、貰えるのは、ジュースとカレーライスだけ、、、。
    それにもメゲズ、良う頑張っています。
    # 中学生の非行は少ない地域だそうです。

    一番賑やかしいのも若山笠です。
    親兄弟、じっちゃんばっちゃん、親戚、女子中学生連が回りを囲んで
    "黄色い声援"を送るので、そりゃまあうるさい限りです。
    # 囃の音など聞こえません。
    特に、母親が、、、凄い、、、。
    # うちの山の神など、側に居るのが恥しかった、、、。

    親にすれば、
    ちょっと大人の仲間入りをした我が子を見て、
    良くここまで無事に育ったなぁ、と感慨深いものがあるんでしょうね。
    きっと。気持、判ります。

    うちの子供山笠、明日は、子供だけで200人、、、。
    綱の長さが心配です。100mしかありません。

   祇園 中日 23日(土)

    皆さん、閑そうなので、戸畑祇園の中日のレポートです。
    # 「一番閑なんはお前じゃ!」と言われそう、、、、。
  今日が、「大下り(おおくだり)」で、明日が「大上り(おおのぼり)」です。

    昨日は、前夜祭みたいなもんで、御神体の載っていない、空の山車です。
    もともとはこの2日間だけだったようです。
    が、いつの頃からか3日間になったようです。
    聞くところによると、
    地域が広いので2日では回り切れないので3日になったとか、、、。
    # 本当かどうか定かではありません。

    中でも、うちの町内はとりわけ広いので、3日でも回り切れません。
    おまけに高低差が約50mもあります。
    これを登ったり下だったりしないといけませんので大変です。

    でも、曳いているかぶら下がっているか、
    はたまた曳かれているか判らない子供達ですが、
    数が揃うと馬鹿になりません。あの重い山が軽々と動きます。
    ほんと、200人もいると、大人1人2人では吹っ飛ばされます。

    だけどまあ、朝の8時半から午後の2時まで、子供は元気が良いです。
    一番辛いのは、付添いで来ている若いお母さん達でしょう。
    このくそ暑いのに、日焼けを心配して長袖ですから。
    終った頃には親の方がぐったりしています。

    暑いですから、飲み物類も半端じゃありません。
    3日間で、6千本?

    いよいよ明日が最終日です。
    怪我の無いことだけ祈っています。

   祇園 終日 24日(日)

    中四国では、熾烈な争いをやってるというのに、σ(^ ^)一人祭ボケ?
    永いようで短かった 3日間、無事終りました。

    つくづく思うに、
    これだけの祭をやりとげる地域のエネルギーって、ほんと凄いと思います。
    年配者も70代がごろごろいます。σ(^ ^)はひよっ子。
    # σ(^ ^)と親子以上に違うんですから。ほんと、頭が下がります。

    今日は、一番難関の高度地区。そのうえ、無風状態なので、最悪です。
    が、これを、小さな子供達が、いとも簡単に曳いて登ります。
    熱中症を心配していましたが、、、、危惧でした。
    休憩場所でも、元気を持て余して走りまわっています。
    # 大人の方が熱中症、、、、。
    さすがに今日は、若いお母さん方も、女を捨てて、半袖でした。
    σ(^ ^) も真っ黒。

    無事に終った祇園ですが、実は、ここ数年は波瀾状態でした。
    が、やっと波瀾を乗り越える事ができました。
    # 国も構造改革とやらでやっさもっさやっていますが、
    # うちの地域も大変な構造改革でした。

    というのは、戦後の地域行政の無頓着さに原因があると思いますが、
    一つの町内が数十年に渡って分列状態でした。
    # 山笠の有る所と、無い所に。
    # 無いのは戸畑区で唯一の地域。

    で、これまで、山笠の無い地域の子供達は、
    他町内の山笠に参加していました。たぶん。
    # おそらく子供同士のつてで、、、。
    これが数年前の囃し方の子供達の喧嘩で表面化しました。
    囃し方は、大谷小学校の郷土クラブに属しています
    大谷小学校は大谷第一、大谷第二自治区に校区が分かれています。
    祭の時はそれぞれの属する町内の囃し方に分かれて頑張っています。
    が、囃し方の数人の子供が、うちの山に入れないという事態になりました。
    # この時は、入れることで結着付きましたが。

    新役員連が、この分列状態を深刻に受け止めました。
    「何で子供を悲しませにゃならん。」
    「大人のエゴじゃ。」
  ということで、分裂していた町内がまとまって一つの町内になり、
  山笠の名前も、
  「大谷通り町内会子供山笠」から「大谷第二子供山笠」に変わりました。
  町内の世帯数も倍以上に増えました。
    おまけに、祭への寄付金やお花代。
    これも、これまでの記録を軽く塗り替えました。
    感謝、感謝です。

    子供達の声、、、
    「あー、去年の山やー!」「この山がうちんとこん山やでー!ヿ等々、
    と、相手の子供達とやり交わす言葉。
    自分達の山じゃという誇りに満ちた言葉、、、、、
    ほんと、涙がでました。
    でもまだ、他所の山のハッピを着た子供達が一杯居ます。
    今年は間に合いませんでしたが、来年は、きっと、
    うちの山のハッピを着せてやりたいと、思います。


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